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ここでの2泊3日を過ごすその寝起きの拠点となるホテルは、装飾や内装といい、さりげない重厚さが落ち着いた雰囲気の、なかなか豪奢な作りのそれではあったれど。此処へと至るまでのあれやこれやや、周辺設備の拵こしらえの凝りっぷりに比すれば…ちょいと気の毒ながら“ごくごく普通”としか見なされぬだろう、まま一般的で平凡なお宿であり。これが標準なら気張った規格、寝室は奥に別の空間を取ってある二間つづきの部屋の、寝室からそのまま出られるバルコニーには、
「あ、これが露天風呂なんだ。」
真新しい木枠の正目が琥珀に馴染んで、なかなか綺麗で豪華な浴槽が据えられてある。目隠しも兼ねた矢来格子のパーテーションの隅から突き出しているのは、斜めにそいだ竹の給湯口。そこからこの島の岩盤から沸いたという温泉が出る仕組みで、それを張って自由にお入り下さいということなのだろう。そんな浴槽を置いても窮屈じゃあない、広々としたバルコニーの向こうに広がるのは、正青の空と面積を張り合う紺碧の海。
「凄げーな〜。思いっ切り海ばっかだ。」
「まあ、さほど大きくはない島だから。」
所謂、全室“オーシャンビュー”ってやつなんだろうよと声を掛けつつ、持って来た手荷物を、クロゼットへバッグごと放り込んだゾロが、遅ればせながら連れの小さな背中へと追いつけば。潮風に煽られてのこと、まとまりの悪い黒髪をますますのことぱさぱさと掻き回させていたルフィが、そんな気配を察してか、肩越しに見上げて来ての“えへへぇvv”と、いかにも嬉しそうな笑顔を仰向けてくる。あの小さな自宅で毎日二人きり。ガッコへ送り出されの、帰って来れば迎えてくれのするゾロとの二人きりで、たまにはお手伝いもしたりしてごちゃごちゃしもって過ごすのも悪くはないけれど。こういう風に旅行に出掛けると、ゾロも家事から解放されての、ルフィにだけ、その意識も視線も両手も全部全部、振り向けてくれるから。洗濯物を畳みながらだとか、台所から声だけでとかいう構いつけじゃなくなるから。そこが何たって嬉しくてたまらないルフィであるらしく、
「〜〜〜♪」
いかにも“遊ぼ遊ぼvv”と書いてあるよな、花丸にっこにこのお顔に見上げられた破邪殿。その勢いにあてられたか、苦笑混じりに大きな手を坊やの頭へぽそりと載っけると、もぐらせた指で髪を梳くようにして撫でてやり、
「で? 晩の開幕式とやらまで、何して過ごすんだ?」
チェックインしてからは、イベントの正式な開始宣言を兼ねた晩餐会まで、早くも自由行動を取っていいのだそうで。
「ん〜、どうしよっかなぁ。」
もっと撫でれと言わんばかり、お顔を仰向け、にひゃにひゃ・くすすと蕩けそうな表情になって笑うルフィで。さっきチェックインした時にも提示したIDパスは、フロントのお兄さんが小さな機械に通すと、それで情報が書き足されたものか、そのままお部屋のカードキーにもなった。なので、館内のテナント店での支払いは全てこれでの決算が可能となり、しかも今回のイベントへの参加者は、招待客なので何をどれほど利用しても全てがタダ。とはいえ飲み食い以外の、例えば…癒しのエステティックとか、海水プールでエアロビックとか、塩泥パックのヘアケアサロンとかネイルケアとかには関心もないし。此処からも望める眼下の広場、色レンガの組み合わせで描かれたアニメタッチの女の子のお顔に気がついて、
「そうそう。何かへコスプレしに行こっか?」
「はぁあ?」
島の中に様々に繰り広げられているRPG世界風の建物や施設、そこでコスプレしてらっしゃるガイド役のスタッフの方々の姿などなどを見て回り、単なる“観光”を楽しむだけで過ごしても勿論構わないのだけれども、
「コスプレして、あちこちのイベントに参加すると、色んなプレゼントが当たるかもしんないんだってvv」
島ごとアミューズメントプラザのようなものであるがため、例えば町の広場や森の中の各所に、劇場型のステージっぽい施設がある。そこで繰り広げられるアクションショーもどきのバトルイベントや、オリエンテーリング・ゲームなどに参加すれば、成績によってポイントがもらえて、それがいっぱい集まれば、
「特製金貨とかオリジナルグッズを貰えるんだとvv」
「どうせメッキだろ?」
「ん〜ん、純金。」
流通硬貨じゃあないけれど、純度は100%にほぼ近いという記念金貨が贈呈されるそうで、
「だってプレミアイベントだぜ?」
会場内の雰囲気を堪能するだけでも十分かもしれないが、たとえばルフィのように、下敷きにされているゲーム自体をよく知らないとか関心がないというクチの参加者にも楽しめるようにという要素として、
「そういう“おまけ”が付き物なんだよ。」
「おまけねぇ。」
ご本人は既にかなりの乗り気でおいでのご様子であり、
“まあ、ルフィがやるんなら、どんなカッコでも似合いそうだが。”
今回のイベントテーマだからということか、ホテル館内のあちこちにもさりげなく、キャラクターやシンボルマークのイラストが散りばめられており。顔半分はありそうな大きな瞳の ぷよぷよぽよよんキャラクターたちのまとう、お袖がヒラヒラしていたり、裾がずるずると長かったりする愛らしいいで立ちのいずれも、ルフィの幼い風貌には映えそうじゃああ〜りませんかと。まんざらでもなさそうに黙っておれば、
「なあなあ、ゾロも何かのカッコしろよ。」
「………あ?」
◇
「コスプレ・イベント、参加すんだってな。」
「何でもう知っている。」
「だって俺、スタッフだし♪」
ルフィはともかく、不器用なお前にやり通せんのかよと。楽しそうに笑いつつ、ゾロの広い背中をばしばしとどやしつけるは、休憩時間だからとルフィたちの逗留先のお部屋を訪れたサンジであり。愉快愉快と笑って見せる彼だったが、
「そういうサンジだって似たようなカッコしてんじゃん。」
「ああ? しょうがねぇさ。これがユニフォームだって言われたんでな。」
と言って返した金髪痩躯のお兄さんが身につけていたのは、つやのあるサテン地仕立ての結構ご大層な衣装であり。やたら凝った刺繍の縫い取りが胸元や襟元にあって、袖口からはフリルも覗く、なかなかきらびやかな詰襟の上着とスラックスという、所謂“導師服”だったりし。
「ショーには出るのか?」
「いんや。俺はガイド担当だかんな。」
備え付けのサーバーで手際よく紅茶を入れて下さりながら、そういう、演技とか基礎知識とか“小技”の要りような部署は、劇団員とか俳優のバイトで賄ってるみたいだしという、裏方事情をちょろりと漏らし。それに、と、小さく咳払いをしてから声を低めると、
「広域暗示をかけてっからな。俺には注目も集まらんのだ。」
「何だ? そりゃ。」
キョトンとするルフィへ、あれれぇ以前にも説明したことなかったか?と、彼の方でも綺麗な青い瞳をちょいと見張ったサンジだったけれど、
「だから。たとえ此処に立ってんのが目に入っても、俺へはガイド役として声をかけたいと思う奴が まず居ねぇようにって細工をしてある。」
あらためての説明をして差し上げれば、
「…便利だな、そりゃ。」
葉隠れの術ってか? 結構ボキャブラリーの増えたルフィが即妙な言いようを返して来、おお、面白いこと言うじゃねぇかとサンジがじゃれる。
「で? どんな衣装のコスプレを選んだんだ?」
ゲームキャラのコスプレこそが、この集まりの主柱でありながら。視覚的な害毒…もとえ、ちょっと痛いかも知れないと万人が感じるような選択には、主催者側からのストップがかかること、このイベントにおける唯一の強制執行権とされてもおり。特に、女性があまりに大胆な露出のキャラを選べぬよう、はたまた後ろ姿が真っ裸と変わらないような過激ボンテージ系を男性がやたら選ばぬように、選択出来るいで立ちにはある程度の制限がかかってもいるのだが、
「どういう訳だか、オレ、女の子のカッコしてもいいんだとvv」
事前の書類審査でもあっての、この子は此処まで構いませんとかいう申し合わせでもあったものか。サンジが来る直前に、フロントからルフィへと届けられた参考資料のバインダーには、急遽女子キャラを増やされたのが見え見えなほど通し番号が重複しており。
「魔法使いのルリの衣装が涼しそうで動きやすそうなんだけど、武器が杖で、センサーで反応させる魔法効果しか使えないってのが頼りないんだよな。」
「格闘家のチャン・ルーってのはどうよ。クリーチャー戦で素手で戦ってもいいってなってるぞ?」
いかにも中華風の詰襟に裾長な上着と、脇の深いスリットから覗くは筒裾のズボンという快活そうな衣装であり、
「ズボンはいいけど、この詰襟は暑いって。」
む〜っと眉を寄せるルフィの真向かい、やはり同じようなバインダーを届けてもらっておきながら、
「………。」
むっつりしつつの腕組みのまんま、資料を開きもしないのが連れ合いの誰かさん。
“そこまで嫌がらなくとも…。”
別に、遊園地に子連れで来たお父さんよろしく、デジカメ回すからと観客に回っていてもいいのだが、ちょいと気になる坊やなだけに、出来るだけ間近にいて見守る必要もあり。となれば、遠くからカメラを覗いている場合じゃあない。そこでの、納得はしているらしかったが…お顔は正直、不本意ですと言わんばかりな表情が丸出しになっており。とはいえ、
「…ゾロ。そんなにイヤか?」
自分は納得ずくで楽しいと思うことでも、ゾロほど雄々しい、しかも大人には、下らないとか恥ずかしいと思うことでもあるだろし。だったら付き合わなくとも…と言いかかるのへ、
「バ〜カ。誰が“イヤだ”なんて言ったよ。」
くすすと笑っての安心しなさいというお顔。ルフィが選んだものに合わせての、無難なカッコをするつもりであったらしく、
「だから…なんだその、あんまり可愛い可愛いのは選ぶなよ?」
「例えばこういうのとかか?」
広げて見せたページには、余程に布を余らせてのドレープをかけているものか、襟も萌え袖の袖口も、ミニスカートの裾やペチコートにいたるまで、フリルの海がドカンと溢れているようなファンシーないでたち。
「これを選んだ日にゃあ、相方はタキシードか王子様スタイル。はたまた執事の黒ずくめってとこに落ち着かざるをえんだろな。」
「うわお。」
筋骨雄々しいゾロには、タキシードや執事服はそれなり似合いそうではあるけれど、
「窮屈なのはいやだよな。」
「…まぁな。」
眺めるだけでいいのならというものと、それを着て動いてまでを考えるのと。結構大変な衣装選びは、結局3時のおやつの時間帯までかかってしまったそうでございます。(笑)
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*う〜ん。なんてまあカメの歩みなお話なことか。
呆れずついてきて下さいますか?(どきどき) |